蜜月まで何マイル?

    “一難去って…”
          
*原作のネタバレを微妙に含みます。
 


 仲間であるニコ・ロビンを救い出すという、ただそれだけのため。世界政府の根幹部にほど近い組織だったろう、司法の島“エニエスロビー”で大暴れをし。どれほど難物であれ、受けた指令は完遂してきた、必殺の暗殺部隊“CP9”を蹴たぐって、魔の海グランドラインの中央までを制覇して来た、我らが麦わら海賊団ご一行。ますますのこと手ごわい存在ばかりが闊歩するという、正しく百鬼夜行な海域“新世界”へと踏み出したその途端、何ともややこしい敵と遭遇してしまったところが、

 「ま、ウチらしいっちゃ、ウチらしいような。」
 「あら、そうなの?」

 溜息混じりなナミの言いようへ、これで結構、様々な事件や騒動にご同行して来たはずのロビンが、それは初耳だわと言いたげなお声を返す。本気かフェイクか、時折こんな言動も見せる彼女だってことへこそ慣れたから、肩をすくめて見せた航海士さん。更なるお言葉を足しての言うには、
「行くぞと目指してた訳でもないことに巻き込まれるのなんて、もはや宿命みたいなもんですもの。」
 しかもここが問題なのが、

 「回避出来たかもしれないものも、結構あった筈なのよねぇ。」

 首尾よく畳めてしまえた今だからこそ、それらもまあいい蓄積にはなったかなと言えなくもないのだけれど。小さなものから大きなものまで、そりゃあもうもう、色んなことに振り回されて来た彼らであったりし。海の真ん中に大きく空いてた大穴が大瀑布みたいになっていたヘソ島や、お父さんの残した秘宝を探す子供らとそれを追ってた合唱団海賊。海賊相手の金貸しなんてやっていた、がめついおじいさんのいたヤギの島や、空島から落っこちた先、環状島にあった海軍基地。そうそう、珍妙なバウンティハンター一家にも掻き回されたじゃないのよと、今でこそ語り草扱いに出来るそれらも、渦中にあった時は戦々恐々、
「航海どころか あたしの人生自体がこんなところで終わるのかって、そんな絶望さえ浮かんじゃったことがどれほどあったことか。」
 まあ…今はそれは言い過ぎだろうと思うよな、半端で滑稽な相手も、少なからずいたけれど…と。勝者の余裕、大した相手じゃあなかったわと言い直した上で、

 「航海日誌がさながら、
  冒険譚として立派に出版出来そうな中身になりつつあるんですものね。」

 どこの妄想家が綴った代物だろかと、後世の笑い者になりたくなくば、きっちり目標果たしてこの海を制覇しなくちゃならないってことくらい、さすがに判っているけれど、

 「魚人島目指してたところへのイレギュラーな代物で、
  早くも痛恨の一撃を喰らおうとはね。」

 尋常ではない強さを誇る彼らであっても さすがに。このグランドラインに舞台を移してからは、どの騒動にだって相当な怪我やダメージは付き物だった。若い上に回復力が並ではないということ、チョッパーという名医がいることも由縁して、後遺症はなくの けろりと、喉元過ぎれば…をやってのけて来た、その点でもまた末恐ろしい一味ではあるのだけれど。


  ―― 制覇した上で遠ざかる悪夢が、
      彼らへ唯一残した、一番深いのだろう傷のようなもの。


 それへとなかなかお顔が晴れない誰かさんがいたりするものだから、船のムード自体が仄かに打ち沈んでの、いやに静かな後語りの段を進行中。剽軽なお顔で大海原をゆくは、彼らの本拠・サニーサウザンド号。青々とした芝生の張られた甲板にて、久々のようにも思える晴れ渡った空の下、爽快な潮風に髪を梳かせながら、生気を補充している振りをしつつ。日頃は強気な彼女らもまた、どこか神妙になって、沈痛な空気の中、先行きを見守っているのである。




          ◇


 人の魂の一部でもある“影”を自在に剥がせる能力者と、亡くなった人の尊厳を踏みにじるようにして、勇者の遺体を収集しては、好き勝手に改造していた狂学者とが手を組んで。とんでもない手段にて世界を制覇し、海賊王たらんとしていた連中のその野望。勝手が判らぬまま、船長と双璧、腕自慢の三巨頭がこぞって影を奪われてしまったことで、のっけは微妙に往生したものの。新加入の助っ人が予想した以上に凄腕だったこともあり、パワー底なしの我らが船長の奮起によって、途轍もない悪夢はその暴走を止めたけれど。

 「………。」

 そんな踏ん張りをご披露した、いつもご陽気な船長さん。今は どこか浮かないお顔のままでいる。どんな窮地にあっても面白がってばかりな、はた迷惑この上もない船長なのに。死力を尽くしての戦いの末に、めでたく勝利を収めた後だってのに。まだまだ子供のそれのように細っこい肩を、尚のこと しょんもりとすぼめて。後ろ向きにした椅子に跨がるみたいに座って、背もたれへ腕を乗っけると。どこか詰まらなさそうに、けれど…だったらと何処かへ気晴らしに行くでなし。ずぅっとずっと、傍らの寝台を見つめてばかりいて。

 「………。」

 そこには、先の大騒動のあとからこっち、他の面々が疲労困憊状態から次々に意識を取り戻してもなお、ただ一人昏々と眠り続ける剣士さんがいる。屈強な体への見て判る怪我も相当なものだったが、それ以上に疲労や消耗が半端ではないらしく。影を奪われ、魂を抜かれたせいだろか、いやいや、同じような目に遭ったサンジやルフィは、こうまでの打撃は残さぬままに復活している。だってのに、この、タフさでは海賊団随一の回復力を誇るほどの、体力の塊り男のゾロだけが。そのまま何処ぞかへ…海の底深くへと、魂だけをじわじわと吸い込まれつつあるのではないかと思われるほど、どこか苦しげに眠るばかりで意識が戻らないことが、

 「…ゾロ。」

 どんな無体へも怒りこそすれ沈んだりはしない、どんな壁へぶつかろうと屈託のないままでいて、豪快に笑い飛ばして乗り越えてしまうお日様みたいな船長さんが、自分まで表情薄いまま、ふしゅんとしおれてしまってる。

 「勝ったくせによ。」

 とんでもない剣豪と戦ったらしくって、でも新しい刀を手に入れてた。ちゃんとルフィの傍らに戻って来てた。なのになんだよ、何で起きねぇんだよ、お前。今まで寝たらすぐにもぴんしゃん治ってたじゃんかよ。いつだって俺よか早く目が覚めてたじゃんかよ。そいで勝手に修行を始めちゃあ、チョッパーから叱られてたくせに。そうじゃないことが不満か、表情が冴えないまんまなルフィであるようで。みんなが一応は無事と知れたおりは、何とか笑っていもしたけれど、この事態への態度は…ずっと変わらないまんま。あんまり元気がないものだから、みんなして少々遠巻きの構えにもなっているほどだ。

 「…大丈夫なんだろ? あの剣豪野郎は。」
 「うん…。」

 療養用の寝室とはドア一つ挟んでお隣の医務室で、こちらさんたちもやはり心配か、フランキーが小さな船医さんへと訊いたのは、どちらかと言えば船長さんの容体込みというのがありありしていて。面倒見のいい兄貴肌の彼へ、こちらさんは怪我人・病人をいたわることこそが本職の船医さん、

 「ゆっくりじっくり体を休めりゃ…というか、
  そうすることでしか回復は導けない手合いの消耗だからね。」

 手当てを施した医者の自分でも、これ以上は為す術がないと。幼いお顔を俯けがちに、それをこそ残念そうに言い返す。

 “何か知ってそうだったサンジは、でも何も話してはくれないし…。”

 どうも何だか、あの恐怖のゾンビ島でのバトルの終焉に、もう一つ何かあったらしいのだけれども。自分たちは消耗し切って人事不省になっていたし、ゾロに次ぐだろう頼りの綱の料理長さんは、真っ先に意識が戻ってたらしいのに、なのに何にも話してくれない。女性を前にすると、根剽軽そうな振る舞いも少なくはない彼だけれど。男気などなどに関わることともなれば、あれで頑として譲らずに、初志を貫いてしまうお人だから。言わないとした以上、ゾロが目を覚まさぬ今は尚更、何も語ってはくれまいて。

 「それにしたって、ルフィのあの消沈ぶりってのは何なんだ?」

 どんな艱難辛苦も笑って蹴飛ばすような、とことん非常識な彼が、何でまた…ああまでの意気消沈ぶりを示しているのかもまた、平仄が合わないと言いますか、合点がいかないといいますか。
「ああまで怖いものなしな野郎がよ。なんでまた、ああもガックリしてやがる。」
 信頼して余りあるチョッパー先生の診立ても聞いたはずで、だったら…少々筋違いではあれど、寝ているお仲間へは“早く起きろ”と不服そうなお顔をするのが正しい反応じゃあなかろうか。破天荒ぶりはよくよく承知なればこそ、こんな…ある意味真っ当な反応をしていることが、却って腑に落ちないらしい兄貴のお言いようへ、

 「えっとぉ〜〜〜。」

 あやや、そう来ましたか。/////// チョッパー先生、持ってた薬匙をついつい震わす。というのが、

 “盛りの匂いがする二人だからって言い方じゃあ、
  きっと判らないんだろうしなぁ………。///////

 この言い方だって、実を言うと正確じゃあない。なにも性的な意欲や熱が満ち満ちてるって訳じゃないのだもの。愛おしい者への好もしいと思う情とか独占欲とか、はたまた伝わらないことへと殊の外に焦れてる時のザリザリした想いだとか。そういった意識の流れや匂いや気配が、いつだって向かい合ってる二人だから。だから今は、心配でたまらないルフィなんだろなって、居たたまれない彼の胸中が判るチョッパーだったりするのだけれど。それをそのまま口にしても、この豪気な兄貴に通じるかどうか。
「なあ、何か心当たりはねぇのかよ。」
「えっとぉ〜〜〜。」
 あるといやあるけど、それをそのまま言ってもいいものか。どうしたものかと言葉を濁す小さな船医さんの、とんだ窮地を救って下さったのは、

 「しゃあねぇさ。あいつは“舟幽霊”が苦手だからな。」

 立てた指で天へと向けての支えたトレイの上へ、小じゃれたガラス鉢には生クリームのアレンジも ぷりちーな、フルーツたっぷりなプリン・アラモードを。大ぶりのジョッキにはよく冷えたコーラをなみなみとそそいで。そしてそして趣味のいいティーカップには、薫り高い紅茶をそそいだのを並べて運んで来た、

 「サンジvv」
 「何だよ、コック。」

 人の話を中途から攫うんじゃねぇと。言いかかったビキニパンツの兄ぃが…はたと一旦停止して。

 「舟幽霊?」

 訊き返したのも無理からぬ話。キョトンとしなさる鋼のお鼻へ、指差すようにきれいな人差し指をおっ立てて、
「何だお前、知らないのか? 通りかかる船を取り囲んで、柄杓をくれくれとうるさくてよ。渡したら最後、それで船へ水をすすいで沈没さすっていう…。」
「知っとるわ、そんくらいっ。」
 随分とオールドタイプの幽霊というか妖怪というか。知ってはいるわいと鼻息荒く言い返したものの、信じらんねぇとばかりに訊き返したフランキーだったのは、

 「不気味な幽霊船からガイコツ男を“仲間になれ”とスカウトしてくるような、
  あのスリラー・バークで化け物を片っ端から捕まえて、
  仲間にしようとしかかってたような奴が。
  なんでまた、そんなかわいい化け物が苦手なんだよ。」

 「そうですよね、私も魂消
(たまげ)てしまいました〜〜〜。」

 フランキーの言いようの後を次いだのが、実は同席していたんですよの、その“骸骨男”ことブルックさんだったりし。
「といっても、私もう魂ないんですけれど〜〜〜っvv」
「スカルジョークは判ったからっ。」
 そのブルックへは紅茶をどーぞと手渡しつつ、唇をへの字にひん曲げたシェフ殿。空になったトレイを机の端っこへと乗っけると、ジャケットの懐ろをまさぐり、手慣れた所作にて煙草をつまみ出す。前髪を目許へやや降ろすように俯いて、口許を両手で覆うようにしつつ、愛用のマッチで火を点けてから…という、十分な間をおいてから、

 「俺にだって“なんで?”かは判らんのだがな。」

 捕虫網で幽霊を取っ捕まえようとした奴が、史上最強の殺し屋と謳われた奴を拳ひとつで叩きのめした奴が。子供でも怖がらねぇ種の幽霊が一番怖えぇらしくてな、と。吐息をつくように紫煙を吐き出すと、
「誰にだって弱点はある。でないと生き物としてのバランスが取れないからな。」
「ルフィの弱点がそれだってか?」
 胡散臭いと顔に大きく書いたままなフランキーへは、
「そういうこともあるって、うん。」
 チョッパーが後押しを努めて下さり、
「サンジだって、シャコとかホヤとか捌けるくせに、地上の虫だと悲鳴あげるほど大っ嫌いだしな。」
「…大きなお世話だよ。///////
 おおう、こっちはこっちでそこが苦手以上の手痛い弱点だったか、渋いお顔で言い返したシェフ殿が、そこへと言葉を継いだのが、

 「そんな苦手な幽霊が、
  もしかしてあのクソ剣士に取り憑いてんじゃなかろうかって。
  だったら手も足も出せねぇじゃんかよって、
  そうと案じての傷心中ってお顔なんだな、あれってば。」

 一番に付き合いの長い間柄だからな、そんな一言を付け足して、それとなくの視線を投げれば、
「そ、そうなんだ。だからルフィ、早くゾロの意識が戻らないかなぁって。」
 チョッパー先生がまたまた後押し。そんな話なんて本当は欠片ほども出ちゃあいないのだけれども。本来だったら蔑ろにしちゃあいけないようなことでも、よく判らないジャンルの話は“ま・いっか”で済ますようなあのルフィが。ああまでの不安顔にて傍らから剥がれない事実を前にすると、

 「…そっか。そういうことなんか。」

 ふ〜んと納得のお声を返し、キンキンに冷たいコーラをあおった兄貴とそれから、

 「………。」

 何ともかんとも洩らすことなくの、紅茶をしみじみと堪能する、スカル・ジェントルマンだっりし。表情というものがないだけに、何か言ってくれなきゃ判りにくいお人だが。何にも言わないなら納得してくれたんだろと、小さなお胸をこっそり撫で下ろした船医さんへこそ、真白な骨の頬の陰にて、秘そやかに苦笑ったブルックであり。はたまた、

 “…ったく。ガキのくせして遠回しな奴ばっかで生意気な。”

 自分らを納得させるためというよりも、一番幼いというこの船医さんをば落ち着かせるため、彼らが納得するような話はこびをお膳立てしたサンジらしいと。海パンの兄貴もまた、途中から気づいての、こっちから丸め込まれて差し上げたのだったりし。
「ま、たまには静かなのも良いってこったな。」
 いつ急変するかを固唾を呑んでの見守る容体ではなし、とフランキーが言い切れば。
「そうなんだ、でも出来れば今日中に起きてくれたら嬉しんだけど。」
 と、プリンを掬ったお匙を止めて、トナカイドクターがつぶらな瞳をまたたかさせる。今日中? うん、だって、

 「明日はルフィの誕生日だから。」
 「お…。」

 だから、ねぇ? 早く起きなよ。新しい仲間、新しい船出、寝てる間に話が進んじゃうのって、ゾロだって詰まんないでしょう? ルフィだって、誰よりもゾロと一緒に一つ一つ進みたいんだろうしさ。


  だから早く。眸を覚まして、こっちへ戻っておいでよね、と。
  仲間の誰もが思ってる。
  それがルフィへの一番のプレゼントなんだからね。
  いいね? 判ったね?






  〜Fine〜 08.5.04.


 *相変わらずにアニメ派の分際ですが、
  つい書きたくなって、ここの部分へ手をつけてしまいました。
  大手の極み、尾田センセーが描いた“ゾロル”ということで
  当時は本当に話題騒然だったですものねぇvv
  (そんなゾロだってことを洩れ聞いて、
   男の筋を通させたサンジさんだったのもまた萌えでしたがvv)

  色々と正確じゃないかもで、
  しかも、これでは誰へのお話なんだかよく判らない…。
  そういう意味から二重の失礼をやらかしておりますが、
  どうかご容赦くださいませです。 

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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